フリークライミングを通して、障害者に自信と可能性を開きたい


NPO法人モンキーマジック代表の小林幸一郎さんにお話をうかがいます。小林さん自身も視覚障害者。遺伝が原因とされる網膜色素変性症の類縁疾患の病気を28歳のときに発病。自分の病に苦しみ、それを受け入れ、自身の人生を組み立てなおしながら、以後多くの障害者に目を向けてきました。モンキーマジックは、2005年設立。フリークライミングの講習会を企画・運営しながら、障害者と健常者の交流促進をはかり、関係者や一般の方々に様々な障害に対する理解を深めてもらうことを目指しています。

 

小林幸一郎さん

小林さんは28歳まではいわゆる“普通”の生活をされていたのですよね。

大学卒業後旅行会社に就職し、その後アウトドア関連の会社に転職。キャンプやマウンテンバイクなどのツアー運営の仕事をしていたのです。視力も1.5ありましたし、週末ごとに車に荷物を積んでは自然の中に出かけるという、健康一杯の生活でした。

それがなぜ?

夜、車を運転していて見えにくくなり、めがね屋に行ったのです。そこのご主人から眼科に行くようにと。精密検査をしたら進行性の網膜の病気で、治療法はなく将来は失明すると言われました。すごいショックでした。

気持ちの立ち上げはどのように?

治らないという診断は到底受け入れがたく、セカンドオピニオンを求めていろいろな病院に行きました。大学病院では、気持ちなど汲んでもらえずベルトコンベアーの上に載せられたような扱いでしたし・・・。不安との戦いで、3、4年は本当に苦しかった。免許の更新など出来ないことがどんどん増えていく、肉が削がれていく感じでした。

5軒目くらいで、患者の心のことも考えてくれる病院に出会えたのです。ケースワーカーの先生に不安をぶつけました。「これから何ができなくなってしまうのでしょう?何を準備しておかなければならないのでしょう?」と聞いたときに、「何ができなくなるかと聞かれても、私たちには何も応えられません。あなたが何をしたいのか、人生をどうしたいのかを言ってくれれば、私たちはあなたを全面的にバックアップできるのですよ。社会のしくみもそう。大切なのはあなた自身がしたいこと。まだ、見える時間が残されているのですから、その時間を大事にしないと!」先生のこの言葉で、肩の荷を降ろしてもらった感じでした。

そして大奮闘が始まるんですね。

まず、障害者スポーツの任意団体が主催するイベントのお手伝いをさせてもらいました。それまでは障害者との接点がなかったので、自分の知識や技術をどうやって障害者、とくに視覚障害者に伝えてゆけばいいのか、そういった術がありせんでしたから、とても勉強になりました。今までは自分のためにフリークライミングをしてきましたが、そこで視覚障害者向けのクライミングを約1年探りました。その後、視覚障害者向けのイベント企画をその団体から貰い受ける形で独立、約1年、NPO法人立ち上げに向けて準備をし、2005年にモンキーマジックを設立しました。

趣味と仕事のキャリア、病を得て、悩みぬいたことが見事にドッキングですね。モンキーマジックの活動について教えてください。いきなり自然の岩に向かい合う

フリークライミングスクールを企画・運営しています。障害者と健常者の参加者を募り、フリークライミングの面白さを味わってもらいます。主に視覚に障害のある方が健常者よりも多く、7対3くらいの感じかな。1回の募集は8名程度で、インストラクターとボランティアサポーターが3、4人つきます。

参加者はクライミングの基本について講習を受けたりするのですか。

全くありません。いきなり自然の岩に向かい合います。分からない、伝わってないなぁと思えることがあれば、現場でその都度互いに知恵を出し合ってコミュニケーションを図り、登っていきます。特別扱いはありません。すべてを指示することもしません。参加者自身が、自分でとりつく岩を探し当てて、極力自分の力で登っていくことが大切なのです。それがとても楽しいことでもあります。

もちろん、どうにもならないときには、教えますよ。(笑)

たとえば、視覚障害者に対する工夫ってどんなことですか。

基本的にはすることは同じなのですが、指示代名詞を使わないことです。「あれ、そこ、こうやって」という言葉は、やって見せて教える場合は有効ですが使えません。ですから、場所の指示をする場合は、「2時の方向、50センチのところが持ちやすい」と、伝えるわけです。

あ、それから、視覚障害にもさまざまな見え方があることも、お伝えしたいことです。健常者の方は、「目が見えない」というと、いきなり「真っ暗」な世界を思い描く方が多いようですが、実際は違います。真ん中が見えなかったり、逆に周辺が見えにくかったり、明るさを感じる程度も人によって様々です。全盲の方から弱視の方まで多様な見え方をしています。その辺も皆様に理解していただきたいと思っています。

いろいろな見え方
普通の見え方
1 普通の見え方
近視や遠視等
2 近視や遠視等
白く濁る
3 白く濁る
視野が狭い
4 視野が狭い
中心が見えない
5 中心が見えない

それにしても、初心者と上級者が一緒というのはすごいですよね。

フリークライミングには、同じ岩場でもいくつもルートがあるのです。多様なルートで難易度が分かれている。ですから、自分の力量に合わせてルートを選べばいいのです。誰かと競ったりする必要は全くありません。同じルートでも前回よりもひとつ高く上れたら、それで成長を実感してもらえればいいのです。フリークライミングの魅力はそこにあります。私自身今は11というグレードのルートを上っていますが、かつてクリアーしていた12のグレードの制覇を目標にしています。

小林さんは世界チャンピオンなのですよね。

ロシアで第一回障害者クライミング世界選手権というのがあり、視覚障害者の男子の部で優勝しました。そのときは人工の壁でしたが、参加者の技量から言えば易しくて、結果的にはスピード判断になりました。本来は、時間やスピードではなくて、どれだけ難しいルートを初見で誰がより高く登れたか、が問われる競技なのですが。

視覚障害を持つ前後で、登り方のスタイルみたいなものは変わったのですか。

足の裏の感覚が最も変わった点でしょうか。以前は目で見て確認していましたが、今は足の裏で自分の乗っている場所が大きいか、小さいかを測っています。誰もが持っている能力だと思うのですが、以前は必要がなくてお休みしていたのが目覚めたんですね。

それから、このスポーツが他人と共有する喜びになったのが、大きな違いかな。

モンキーマジックでは、どちらの岩場に行かれるのですか。

冬は静岡県伊東市の城ヶ崎海岸です。有名なつり橋のあるところ。海際で傾斜が比較的きついところです。前に反り返っている岩や立っている岩があります。玄武岩で手触りはスベスベかな。夏は長野県川上村、廻り目平キャンプ場内の岩場です。花崗岩で、小さな水晶などが入っていてざらざらした手触りですね。ダイナミックな岩場が広がっているところです。

参加者はどんな方々?

関東地区が中心ですが、名古屋や熊本からも。年齢も幅広く、4歳の弱視の女の子から86歳の全盲の男性まで。好奇心旺盛なことが大切で、階段を上れれば誰でも挑戦できるスポーツと思ってください。生涯スポーツにこれほど向いているスポーツはないのではないかな。

参加したかたの感想はどんな感じですか。こんな崖も登ります

皆さん言われるのは、「気持ちの変化」についてですね。「岩に取り付いた瞬間、心も身体もそのことだけに集中。自分の中の未消化なものを一気に燃焼できてすっきり」とか、「自分に自信がついた。身体的な要素だけでなく、頭脳的な要素も強いスポーツだった。仲間と触れ合い、社交性も増した」「フリークライミングなら、健常の友達も一緒にやろうと誘えるのがうれしい」など。

視覚障害者は、外出行動障害と情報障害を持つと言われます。人と出会ったり自然の野山に行く機会が、本当に減ってしまう。また、インターネットの普及で、誰でも部屋の中で情報を得られる時代です。パソコンが情報を音声化してくれるので、若い世代の障害者は外に出なくても不自由を感じずにすごせるようになってしまい、自然との出会いから遠ざかっている。そんな時代だからこそ、自然の中に出て行き人間性を取り戻し、社会と関わる姿勢をもつのに、クライミングがひとつの手がかりになってくれればと思っています。

組織としての夢・課題はありますか。

今までは関東近県の方々を中心にスクールを展開してきました。今は、この春に向けて名古屋・大阪での開催を準備しているところです。いずれ全国の障害者の方々にこの活動を届けたいと思っています。全ての人にクライミングを好きになってもらおうとは思いませんが、クライミングを自分の人生の可能性をさぐる糸口にしてもらえたら、うれしい。課題は、何といっても資金面ですね。組織の運営費を参加費だけに頼っていては、活動が維持できません。行政の助成金も申請していますが、活動のサポートをしてくださる団体、会社を探していきたいです。

参加・資金協力・ボランティア登録に関心のある方は下記ホームページへ。

http://www.monkeymagic.or.jp/  電話・ファックス 0422-20-4720



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